音源としてアナログレコードは、経験豊富な良い耳を持たないと、評価が難しい面があります。また、多くのカートリッジは、製造後かなりの年月が経っているため、ダンパなどの性能の劣化が予想されるため、まずは、定量的なカートリッジの評価を行い、それを基に好きな音のカートリッジを見つけていくことにしました。
評価方法は、リファレンス音源として「Ortofon Test Record」を評価対象のカートリッジの再生信号をデジタル化し、PCで分析することにしました。
このレコードは、それなりの値段しますが、どのプレーヤー・カートリッジでも再生系全体を評価可能にしてくれる点では、素晴らしい音源だと思います。逆にこれがなければ、評価ができませんでした。限られたカートリッジですが、「Ortofon Test Record」と、TASCAM DV-RA1000HDの組み合わせで評価を進めました。
登場させたカートリッジは、使用しているターンテーブルがリニアトラッキングですのでT4P規格のAudioTechnica AT311EP、Diatone MAG-57、Grado Blue2、Technics EPC-P202C EPC-P23、Pioneer PC-296、Kenwood V-57です。(192KHz、24bitサンプリングで収録した「Frequency Sweep 800 Hz - 50 kHz」があればどんな再生系でも分析可能です)
それぞれのカートリッジ仕様には、再生周波数範囲が記載されていますが、条件は様々で、比較が難しい面があります。また、互換針が発売されていますが、針によって特性が変わるのではないかと、興味がありました。
今回テストするカートリッジ EPC-P202C系列には、EPC-P22、P23、P24、P25、P27など、同じ針を使える兄弟が多くあります。互換針は、さすがPanasonicでワールドワイドで広く使われているため、スイス・ドイツなどの互換針メーカーが発売しているようです。さらに針には、針形状が円柱、楕円柱などのバリエーションがあります。
Pioneer PC-296も同じようにAudio TechnicaのAT-92E系列で、互換針があります。eBayで、EVGというブランドのレコード針を見かけました。EVGは、アメリカの補修部品サプライヤーのようで、商品説明では、日本製レコード針を提供しているようです。EVG PM2323Dは、Audio Technicaのようですし、EVG PM2855DとEVG PM2855DEは、JICOの可能性があります。
さて、「Ortofon Test Record」の「Frequency Sweep 800 Hz - 50 kHz」は、一定振幅で、RIAA補正がかかっていません。今回のように、RIAAイコライザー通してサンプリングしたため、逆RIAA補正をかける必要があります。当初、GPL音楽編集ソフトウェア「Audacity」を用い、PCMデータ上で逆RIAA補正をかけ、周波数分析ソフトウェア「WaveSpectra」で目視確認しました。周波数スペクトル特性が見れますが、カートリッジ特性として定量的な実効電圧・セパレーション・歪率は、計測できません。「WaveSpectra」の機能として歪率が表示できますが、十分ではありません。
そこで、アナログ回路シミュレータの定番「LTSpice Ⅳ」を利用できないかと検討した結果、過渡応答分析で、逆RIAA補正・実効電圧計・セパレーション計・歪率計をソフト的に実現することができました。解析時間はかかりますが、測定器を比較的簡単に実現できたことは、驚きでした。プロフェッショナルだとMATLABを使うのではないでしょうか。
28秒間の「Frequency Sweep 800 Hz - 50 kHz」192KHz 24bit PCM(sweep.wav)を切り出した後、過渡応答シミュレーションは、次の4ステップに分けておこないました。処理内容に興味がある方は、公開したascファイル(回路図)を参照ください。
①逆RIAA補正(riaa_ieq.asc、sweep.wav -> sweep_ieq.wav)
800Hz~50KHzのBPF後、製作したイコライザーの逆NFを行いカートリッジ出力相当の信号をwavファイルに保存
②基本周波数除去(歪成分抽出)(sweep_thd.asc、sweep_ieq.wav -> sweep_thd.wav)
800Hz~50KHzのBPF後、基本周波数を抽出するため、ゼロクロス検出によるF-V変換を行い、電圧でノッチ周波数を可変にしたツインTノッチフィルターをわずかにノッチ周波数をずらした2段構成で、基本周波数を除去し、歪成分信号ををwavファイルに保存
「WaveSpectra」で歪成分信号を見ると高調波成分分布の確認が可能
③実効出力電圧・セパレーション・歪率の計算(sweep_sep_thd.asc、sweep_ieq.wav, sweep_thd.wav -> sweep_sep_thd.wav)
800Hz~50KHzのBPF後、カートリッジの実効出力電圧、左右のカートリッジの実効出力電圧比からセパレーション、カートリッジ出力信号と歪成分信号の実効出力電圧比から歪率を求め、wavファイルに保存
④グラフ化(RecordCartridge.xlsm)
EXECLのVBA(Mainマクロ)によりsweep_sep_thd.wavファイルを読み込み、校正信号による補正(高域の減衰補正)を行い、出力電圧・セパレーション・歪率の周波数特性をグラフ化
LTSpiceには、64ビット版もありますが、LTSpice 64ビット版では、wavファイルの入出力に問題があったため、32ビット版「LTSpice Ⅳ」を用いました。32ビット版ですので、メモリ制限があるため、オプション"Marching Waveforms"を無効にしてTransient解析を行う必要があります。十分なディスク容量も必要になります。3.4GHz 4-Coreで8時間程度の時間が必要ですが、出力は、wavファイルに出力されます。この出力をExcelに読み込むVBAを作成し、グラフ化しました。
「Ortofon Test Record」の再生信号をA/D変換した192kHz24bitのwavファイルからカートリッジの実効出力電圧・セパレーション・歪率を計測できる「LTSpice Ⅳ」ascファイル一式ベータ版V0.9(ZIPファイル)を公開します。非商用の範囲で自己責任でご使用ください。なお、オリジナル・改訂版を含め、再配布される場合は、ライセンス条件のコメントを消さずお願いします。
以上のように、「Ortofon Test Record」+A/Dコンバータ+LTspice+EXCELで、どんなカートリッジでもその周波数特性の実力を大まかに知ることができることが確認できました。他の測定器を用いた結果との比較はできていませんが、数をこなした結果、それなりの周波数特性が確認できるのではないかと思います。いつかLTspiceの代わりにプログラムを作成してみたいのですが、いつになるか定かではありません。
V-57+EVG PM2323D
Grado Prestige Blue2
EPC-P202C+Technics EPS-202DE(ボロンカンチレバー+楕円柱の中古)
EPC-P202C+Technics EPS-23ES(楕円柱の中古)
EPC-P202C+Generic EPS-24ES(楕円柱)
EPC-P202C+EVG PM2855DE(楕円柱)
EPC-P202C+EVG PM2855D
EPC-P23+Technics EPS-23ES(楕円柱の中古)
EPC-P23+Generic EPS-24ES(楕円柱)
EPC-P23+EVG PM2855DE(楕円柱)
EPC-P23+EVG PM2855D
PC-296+Audio Technica ATN3472SE(楕円柱)
PC-296+JICO 30-45
PC-296+3D-57M
MAG-57+Audio Technica ATN3472SE(楕円柱)
MAG-57+JICO 30-45
MAG-57+3D-57M
AT311EP+Audio Technica ATN3472SE(楕円柱)
テスト結果のPDF
を参考までに添付します。
評価のまとめとしては、
・Audio TechnicaのVMは、歪が少ない傾向にある
・Audio TechnicaのVMは、振動子実効質量が大きいため、楕円針の性能を出せていない。円錐針の方がバランスが良いかもしれない
・Audio TechnicaのVMは、10KHz台で出力が減衰し始めるが、なだらかで高域を稼いでいる
・TechnicsのMMは、20KHzまで高域が伸びているが、その後の減衰は大きい傾向がある
・TechnicsのMMは、セパレーションが良い傾向がある
・TechnicsのMM用の海外互換針は、20KHz付近でピークが出ている
・GradoのMIは、きれいに高域まで伸びているが、セパレーションに多くのピークが出ている
・MCは、高域まで伸び、バランスが良い
・ダンパが劣化するとセパレーションまたは、高域特性が出なくなる傾向があるようである
比較的バランスが取れたカートリッジ特性の例は、
V-57+EVG PM2323D
Grado Prestige Blue2
EPC-P202C+Generic EPS-24ES(楕円柱)
EPC-P23+Technics EPS-23ES(楕円柱の中古)
PC-296+Audio Technica ATN3472SE(楕円柱)
MAG-57+3D-57M
AT311EP+Audio Technica ATN3472SE(楕円柱)
出力電圧・セパレーション・歪率だけではなく音質に係わるパラメーターにコンプライアンスがあります。
V-57で10x10-6cm/dyne、EPC-P202Cで12x10-6cm/dyne(100Hz)、GradoPrestigeBlue2で20x10-6cm/dyneですので、GradoPrestigeBlue2は、クラシックで滑らかな音調を醸し出すようです。
以上、総合的なバランスから、MCで針交換ができるV-57+EVG PM2323Dが良いように感じられました。このV-57(AT-312EP)は、針交換ができるMCとして革新的ですが、発売当時は正統派MCと比べ音質が中途半端と評価されて人気がなかったように思えます。今回の評価結果を含め、コストパフォーマンスが良いハイレゾ音源用として実用性が個人的に気に入っています。
カートリッジの癖を頭に入れながら、アナログレコード音源をデジタル化して楽しみたいと思います。
(再クロール更新:2022/12/22)